すべてが慌ただしい時代
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今年2025年は和暦である昭和に置き換えると、昭和100年とのこと。
調べてみると、昭和の時代は1926年12月25日(昭和元年)~1989年1月7日(昭和64年)となっている。
およそ62年続いたことになるのだから驚きだ。でも、さらに驚きなのが日本の歴史の中で最も長い元号であることだ。
すべては貧しく、まだ戦争の傷跡が残っていた時代
さて,そんな私も実は昭和生まれの人間である。昭和の時代が62年ほど続いたということは、結果的には昭和の中期に私は生まれたことになる。
その頃、太平洋戦争はすでに終わっていたにもかかわらず、幼いころ自宅からチョッと離れた場所に遊びに行くと、至るところに戦争の傷跡がまだまだ残っていたのを覚えている。
あの頃見た光景が戦争の傷跡と知るのは後々のことだったが、ほとんど原形をとどめていないコンクリート建ての建物の土台部分や、防空壕などが散在し、戦後十数年が経っても戦争の悲惨さは身近にあったことになる。

わが家も含め近隣の家々は、現在のようなカラフルな建物ではなく、杉木の板壁に茶色の防腐剤を塗った地味な家(図1)がほとんどだった。
戦後間もない頃は、日本の家屋が狭くて、簡素で、画一的だったことから「ウサギ小屋」と世界から揶揄されたこともあったほど、あの頃の日本はとにかく貧しかったのだ。考えてみれば、両親が初めてマイホームを持つことが出来たのは戦後12年ほどしてのことだったから「ウサギ小屋」よりは多少マシだったのだろうが、図1のような家屋だったように記憶している。ただ個人住宅で2階建てというのは、まだなかったから、図1の画像はもっと後の時代のものだと思う。

いずれにしても、あの時代は衣食住のすべてが、いまの時代とは比べものにならないほど質素なものだったのだ。
そして、例の「ウサギ小屋」の近隣には、米軍の広大な庭と豪華なハウスが、別世界のように拡がっていたにもかかわらず、その目と鼻の先には戦禍の傷跡が平然と存在していたことになるのだ。
しかしながら、当時はそうした悲惨な場所とは知らず、子供たちは虫捕りや「かくれんぼ」などをして元気に走り回っていたのだ。
あの頃、親たちはこうした実情を、日々の生活の中でどのように感じていたのだろうか。生前にそんな会話を交わしたことはないので、いまにして思えば訊いておけば良かったと思う。
想像するに、恐らく日々の生活に追われて、それどころではなかったのか、あるいは思い出したくない過去だったのかも知れない。
あの頃もまだ、戦後の復興のため、世界に追いつけ追い越せと日本中が必死に動いていた時代だったのだろう。
そして私が見た光景も、大人たちにとっては早く消し去りたい過去だったのかも知れない。そして、目先のことを解決することが優先され、そんなことを思っている余裕がない時代だったのかも知れない。
忙しさの種類が違う

ただ改めて考えてみると、あの頃の忙しさは、現代人の忙しさとはチョッと異質なものだったように思えてくる。
それは、言い換えれば「精神的に疲れる忙しさ」と「肉体的に疲れる忙しさ」に分けたときの後者と言っても良いのかも知れない。
語弊があるかも知れないが、昭和の戦後は、只々身体を動かさなくてはならない、肉体的労働による疲れが大半だったのではないだろうか。確かに重労働ではあったが、一日の仕事が終わり、自宅で熱い湯舟に浸かればその日の疲れが解消できるような。
それに対して、現代人の疲れは肉体的な面もあるだろうが、どちらかと言えば精神的な疲れの方が多くを占めているように思える。
機械化やコンピューターの導入が進み、一見いまの仕事は楽そうに思えるのだが、そうではないのが実情だ。
仕事の内容が「時間との闘い」を伴うことが多く、精神面でのプレッシャーや緊張を強いられるケースが多いからだ。
機械やコンピューターでの作業は効率的だが、ミスした時の影響が大きいのもプレッシャーの要因かも知れない。
「ストレス」という語彙も以前は耳にしなかったが、この時代あたりから徐々に囁かれるようになったと思う。

これまでお話してきた、現代と過去の忙しさの比較は、ご指摘いただくまでもなく勿論例外はある訳だが、大要は外れていないだろうと思っている。
精神も肉体も休まるときがない人たち
外に出かければ、「犬も歩けば棒に当たる」(*1)のことわざの如く「歩きスマホ」に衝突されそうになるし、電車に乗れば対面に座る乗客の8割方がスマホを凝視している。「歩きスマホ」と違いスマホを凝視している人たちは、直接自分に迷惑がかかる訳ではないので批判する気は毛頭ないが、「少しは頭を休めたら」とは言いたくはなる。
彼らは電車の中で、時代の象徴であるスマホを操り、ゲームなどしてリラックスしているつもりなのだろうが、頭脳の方は大忙しで、眼球の方も疲弊して悲鳴を上げているかも知れないのだ。
私自身も幼いころ、時代の象徴であったテレビに夢中になり、小学校の3、4年生のころからメガネのお世話になっていて、いまでもその不自由さは身に染みて感じている。
私は電車に乗ると、スマホも本も読むことはない。寝ることもない。只々車窓を見たり、それとなく車内の人間観察をしているだけである、眼が疲れない程度に。
いまの人は「和み」や「癒し」といった言葉をよく使うけれど、現代人がやってることは、それとは正反対の慌ただしく気忙しい行動をしているだけだと思うのだが。
思えば1936年、いまから90年ほど前に、当時の資本主義と機械文明を風刺したチャップリンの「モダンタイムズ」という映画があった。この映画は当時の無声映画だったが、主人公は機械化されたベルトコンベアの流れ作業が習慣化してしまい、仕事を離れた私生活でも、思わずその作業動作をしてしまう。幾度となく繰り返される同じ作業に翻弄されてしまうという悲劇を風刺した映画だった。
車中で一列に並び、黙々とスマホを操作する現代人の姿はまさしく「モダンタイムズ」の主人公そのものに思えてならない。こうした現状を思うと、現代人にとっての幸福とは何なのかを考えてします。AIやインターネットで生活は便利になったとしても、これかの世の中が、人類にとって心地よい世界になるとは決して思えないのだが・・・
あの昭和30年代の貧しかった時代、美味しい食べ物も、楽しい遊びも今ほどなかったけれど、空白の時間を持つ余裕があったし、気の合う仲間と大いに議論する時間もあった。
そして何よりも、大相撲の「仕切り」が長いと感じない心のゆとりもあったように思える。
最後までお読みいただきありがとうございました。
by DaVinci-like
--- 注記 ---
(*1)「犬も歩けば棒に当たる」ということわざは、私が幼いころは「何かすると良いことはないから、止めときなさい」的な使い方、つまり災難にあうことを抑止するための戒めとして、日常会話の中でよく使われていたが、近ごろは私自身はあまり聞かなくなったことわざの一つである。
しかしながら、ことわざ辞典などで調べてみると、近年は使われるとしたら、むしろ肯定的な意味合いで使われることが多いようだ。つまり「積極的に行動すれば、思わぬ幸運に恵まれる」といった意味合いでである。まさに言葉は、人々が使うことによって時代とともに変化して行くのだと実感然りである。


