「腹八分目に医者いらず」の精神とは
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~ かつて、青春学園ドラマの全盛期があった ~
今年(2026年)の1月9日に、かつてのテレビドラマ「俺たちの旅」が「五十年目の俺たちの旅」という映画として全国公開されるという。テレビドラマ「俺たちの旅」は1975年に中村雅俊、田中健、秋野太作の3人の男優さんが主役の青春学園ドラマだった。この時代はこうした青春ドラマが大いに流行し、スポーツを通しての若者の友情や根性を描いたドラマが特に多かった。確か、1965年に始まった夏木陽介さん主演の「青春とはなんだ」という作品が、こうした青春学園ドラマの走りだったように覚えている。ラグビーが現在ほど盛んでなかった、まだまだマイナースポーツだった時代に、野球ではなくて敢えてラグビー部という設定にしたのは、当時の制作陣のコダワリだったのだろうか。

その後、竜雷太さんの「これが青春だ」、村野武範さんの「飛ぶ出せ!青春」など、これ以外にもたくさんの青春ドラマが次から次と放送された。
思えば1960年代と言えば、テレビが一般家庭に一定程度普及して、アメリカなどからの西部劇やホームドラマなどの番組コンテンツを輸入しなくても、国内制作の自前番組でようやく放送が出来るようになった時代である。まさに青春学園ドラマはその中心的存在で、「俺たちの旅」は青春ドラマの全盛期の作品だったのかも知れない。同時に、若さ溢れる魅力的な新人俳優が男女問わず次々と現れ、活躍していった活気あふれる時代でもあった。
日本全体も高度経済成長の延長線上にあって、社会人の給料も右肩上がりにアップして誰もが輝きを放っていて、明るい未来が期待できるようなワクワクする時代だったのかも知れない。青春学園ドラマはそうした時代を象徴するかのように大ヒットし、次から次と制作されたのである。
そんな時代背景とは正反対の現在にあって、冒頭で触れた「五十年目の俺たちの旅」という映画が公開されるという。恐らく今は、日本映画が元気なときだから、ある程度のヒットはするだろうが、個人的にはこうした続編的な作品にはあまり興味がわかない。それは洋画、邦画を問わず、これまで私が観てきた「続**」「**Part 2」といった第二弾的作品のなかで、面白かったのは、アーノルド・シュワルツェネッガーの「ターミネーター2」ぐらいしか思いつかないからだ。

ほとんどの続編作品は、前評判は高く、観客の期待度が高かった割には、評価が低かったように私としてはそんな感想を持っている。
例えば、「ジョーズ」シリーズなどは、制作者や出演者には申し訳ないが、続編もので評価を下げた典型的なシリーズと言えるだろう。第一作目が余りにインパクトがあり、大ヒットしたからと第二弾、第三弾を制作するというのは世の常、人の常だろうが、そんなところに落とし穴があって、シリーズ全体としては評価を下げてしまうという皮肉な結果だった。こんなところにも、私が身上とする健康法の「腹八分目に医者いらず」の精神が、教訓として生きているのかも知れないと気付いた次第だ。
ジブリの一連のアニメ作品や洋画の「007」シリーズなどは、それぞれが独立した物語だから、続編とは言えないのかも知れないが、それでも半世紀以上続いている「007」シリーズでさえ中弛みがあったのは事実だ。「スターウォーズ」シリーズも前期は良かったかもしれないが、後期はやはり関心度は下がったようだ。

ところで、俳優、ミュージシャン、そしてスポーツ選手などが人一倍頑張って、長きにわたって現役を貫いている人たちには頭が下がる。今回採り上げている「五十年目の俺たちの旅」の主役3人の役者さんも本当に偉いと思うしエールを送りたいところだが、その反面「お疲れさまでした、これからは第二の人生を楽しんでください。」といった気持ちを私の場合は抱いてしまうのである。
現役を続けるか、断念するかの見極めはとても難しい判断になるだろうが、実のところ本人が一番分かっているのではないかと私は思う。しかし、様々な事情があって思い通りには行かないのが現実であり、それがために、やめずに続けている人も多いのだと思う。
そんな状況下でも、毅然とした態度で未練なく一線から退ける人もまた、本当に偉いし尊敬に値する人だと思う。それは映画の場合の、大ヒットした作品でも、続編を作らないという選択肢を決断したのと同じような気がする。
あの頃の青春学園ドラマは、率直に言って作り過ぎたのだと私は思う。そして、私たち見る側にもある意味、責任があったのだと思う。面白いからと現状に甘え、やみくもに次回作を期待したことも、その種のドラマを衰退に導いた要因であったと、反省しなければならないからだ。
こうした「腹八分目」の度を越した結果の悲劇を目の当たりにすると、私は次のようなことをいつも思ってしまう。それはスーパーの目玉商品、特価品に群がる消費者のことだ。つまり街に新たなスーパーが開店すると、顧客はワーッとそのスーパーに押しかけ、目玉商品、特価品だけを買って帰ってしまうという顧客の動向のことだ。結果、そのスーパーの思惑とは裏腹に通常商品は買ってもらえず、その後の売り上げは伸びず、業績不振が続き、そして閉店というお決まりのコースをたどる現象のことだ。

一見、この現象はスーパーだけが損をして、顧客は得をしたように思える。だが、冷静に考えたら、顧客も損をしたことにならないだろうか。程よく通常価格の商品も買ってあげて、そのスーパーが長く維持されれば、顧客は目玉商品や特価品を長きに渡って買い続けることが出来る訳だ。言い換えれば共存共栄が図られたことになる。
私たちは、とかく目先の(利益の)ことだけを考えがちになるが、上記のスーパーのケースのようにながい目で先をみることも必要だと常々感じている。
話題を本来の青春学園ドラマに戻すとして、そのドラマが面白いからと、あの時代私たちはそればかりを欲していたのだと思う。もっと色々な分野のドラマに好奇の目を向けなければいけなかったのかも知れない。
でも、あの頃の青春ドラマは勧善懲悪、単純明快、ワンパターンで、その上、役者さんの演技もいわゆる「クサイ演技」で決して上手いとは言えなかったけれど、視聴後の気分はいつも爽快だった記憶がある。それに対して、最近のドラマ(あまり観ることはないが)は、ストーリーが複雑で、観た後も何かスッキリ感がなくて、チョッと暗い気分になることもある。それでもドラマとしての存在感があるのだろうかと、いまの私には疑問符しか残らない。
いずれにしても、私は50年ぶり制作の「五十年目の俺たちの旅」という映画を観に行くことはないと思うが、この種の映画がいまの時代にあって、どれ程の反響、興行成績を上げるかには大いに関心のあるところだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
from DaVinci-like

