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「ベルリン・フィル 栄光と苦闘の150年史」芝崎 祐典 著 中公新書


今回紹介するのは、クラシック音楽ファンのみならず、誰もが一度は耳にしたことがある世界最高峰のオーケストラ「ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団」について書かれた新書「ベルリン・フィル 栄光と苦闘の150年史」です。
ベルリン・フィルに関しては、これまでも多くの書籍が出版されてきましたが、この本は単なるクラシック音楽を演奏するオーケストラの一つとしてベルリン・フィルを捉えていないところが特色と言えます。
こうしたユニークな視点が、数多のベルリン・フィルを採り上げた書籍のなかでも本書が異色であり、今回推奨する動機となりました。
唐突ですが、音楽関係史という学問は時代の流れのなかで、音楽が社会や文化とどのように関わってきたかを学ぶ学問だと認識しています。この本は、ベルリン・フィルと世界で一番音楽を愛すると言われているドイツの人たちが、歴史の激流の中で如何にベルリン・フィルが存続し、世界最高峰と呼ばれ続けてきたのか、そして社会、政治とどう関わってきたかが最大の読みどころとなっています。
仮に、世界各国に存在する伝統あるオーケストラがどのような特徴があって、どんな音色を奏でるのか、そしてベルリン・フィルが他のオーケストラと較べてどうなのか、といったことを知りたいのであれば、ハッキリ言って本書は相応しいとは思えません。
そうしたことに興味があるのなら、コンサートに出かけて実際のオーケストラの音を聴くべきです。しかしながら、世界の一流オーケストラを生で聴くのは音楽評論家などの関係者でない限り、金銭的にも機会的にも容易いことではありません。ましてやオーケストラが世界最高峰のベルリン・フィルときたら尚のこと。先ず、最初の壁は来日を待たなければいけません。更にチケットも高額ですし、ゲットできる可能性も極めて少ないと言えます。

正直、筆者の私もベルリン・フィルを生で聴いたことはありません。ですから、その昔来日したカラヤンとベルリン・フィルの公演を聴くことが出来た当時の限られた人たちを、私はとても羨ましく思います。実は私が学生の頃、恐らく1970年か73年のカラヤンとベルリン・フィルの来日(注1)の時だったと思うのですが、その来日コンサートにどうしても行きたくてチケットの概要を調べたことがありました。詳しい内容まではハッキリ覚えていませんが、面だった金額はS席で一万数千円だったと記憶しています。ちなみに、当時の大卒初任給が5~6万円だったそうです。更に一人一応募の抽選制が採られていましたから、かなりの高倍率でチケット入手は「夢のまた夢」だったはずです。十数万円の高額プレミアが付いたとの噂も聞いた覚えがあります。ですから、この時の高額チケット代金が大きな話題になり、社会問題化したほどでした。
そんな訳で、貧しい哀れな若者の野望(夢)は、応募することなくいとも簡単に打ち砕かれたのでした。とにかく、帝王カラヤンと世界最高峰を誇るベルリン・フィルとの組み合わせですから、致し方ありません。
しかし、現代という時代に置き換えて考えた場合、人気のあるアーチスト、プログラムだったら、カラヤンの事例は極々普通の出来事になってしまうのかも知れません。それ程に、海外有名指揮者、演奏家、オーケストラの場合は、異常なほどのチケット争奪戦になるようですから。ですから、私は昨今はコンサートを聴きに行こうという気持ちになれなくなりました。たとえそれがベルリン・フィルのコンサートだとしてもです。これは私は強がりを言っているのでも、意地を張っている訳でもありません。
仮に、数万円のチケットを悪戦苦闘して取得できたとしても、現状のわが国のコンサート事情(注2)を考えると腰が引けてしまうからです。万が一、チケットをプレゼントされたらチョッとは考えますが(笑)

そんな訳で、苦労してコンサートに行くよりも、私はその分多くのアーチストのCDをたくさん買って、チョッとばかり贅沢な再生機でユッタリと聴いた方が、余ほど価値があると考える愚かな現実派です。それは、生演奏の素晴らしさ、更には演奏者と聴衆との一期一会の出会いから生まれる相乗効果など、コンサートならではの素晴らしさを充分に踏まえたとしてもで、私の判断は変わらないでしょう。

ですから、私のようなヘソ曲がりリスナーは、現実的にはCDやレコードを聴いて音色、演奏の出来栄えを確かめることになるのです。更に今でしたら、ハイレゾストリーミングもありますから自宅でコンサートという訳です。尚、この辺りの詳しい内容については、近いうちに別の投稿でお話したいと思っています。
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話が横道に逸れてしまったので元に戻します。
さて、この本はドイツ史ないしは世界史におけるベルリン・フィルの位置づけ、役割、そしてフルトヴェングラーに代表される歴代の常任指揮者との関わりなどを、ベルリン・フィル創設の1882年から順を追って解説しています。
その中でも、ベルリン・フィルが戦時中にナチス政権とどのように係わったのかや、戦後のドイツ再建のためにこのオーケストラが果たした役割など、不勉強な私にとっては意外な事実が盛りだくさんでした。

フルトヴェングラーとベルリン・フィルとの親密さ、晩年のカラヤンとベルリン・フィルとの確執などは、あまりに有名なエピソードですが、その他の常任指揮者との関係や新たな常任指揮者を選出する際のベルリン・フィルの台所事情や思惑など、雑誌等では明かされないトピックはクラシックファンにとっては興味ある情報であり貴重です。
最近のクラシック系の音楽雑誌を買ってみても、日本の若手アーチストの記事は豊富ですが、海外のアーチスト事情に関しては極めて少ないので、情報ソースとしては期待できません。対して、古い話ですが1960年代、70年代の頃の音楽雑誌は海外演奏家の情報も充実していました。昨今は取材費等の関係から海外取材は縮小されているのだと想像できますが、物足りなさは否めません。ですから、ここ数年は音楽雑誌の購入は私はご無沙汰してます。

そのため、海外の音楽事情、情報を得るとしたら、当該書籍のような媒体が最適だと感じるようになりました。情報の鮮度の点でも、新書版ですから極端な遅れはないと思います。雑誌のように情報範囲が広範囲でないところ、さらにコスト面や手軽さでどうかと思いましたが、雑誌で情報を得られないのであれば、新書で補うのも選択肢のひとつかと思います。
さらに最近はネットの時代。そう、ベルリンフィルの情報が満載の映像配信サイトがあります。
「Berliner Philharmoniker Digital Concert Hall」という素晴らしいサービスです。
このサイトは有料会員になれば、ベルリン・フィルの過去のコンサート映像、注目の指揮者、演奏家のインタビュー、そしてベルリン・フィルの歴史など興味深いコンテンツをたっぷりと見ることが出来ます。また、無料会員でもある程度のコンテンツが視聴可能ですからお得です。今の時代、雑誌以外でもこんな風に音楽情報を手軽に得ることができるのですから、便利な時代です。
デジタル コンサート ホールはこちら: 「Berliner Philharmoniker Digital Concert Hall」
最後に、全般的な感想になりますが、天下のベルリン・フィルハーモニーでも、財政面のことを考えずに芸術活動に邁進できなかったという意外性でした。
創設された1882年当時は、楽団経営としては苦しかった時代があったことは、私のような素人でも容易に想像できる訳ですが、演奏水準や知名度などあらゆる面で世界一流になっても、依然として財政難との闘いは続いたという事態は、私たちクラシックファンにとっては想像できなかった内容です。

よくよく考えてみれば、敗戦国ドイツという歴史的背景が大きく関わっていたことに気付く訳ですが、こうした点はこの種の書籍を読まなければ関連付けられなかった事柄なのかも知れません。
使い古された表現になるかも知れませんが、読後感としては、かつてのベルリン・フィルの演奏をフルトヴェングラー、カラヤン、ベームなどの指揮で改めて聴きたい気分になりました。後日、実際にベートーヴェンの交響曲を彼らの指揮で聴いた次第です。
なお、巻末のベルリン・フィル関連年表は本書を読む際に大変役立ちました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
DaVinci-like
注1:カラヤンとベルリン・フィルの組み合わせでの来日予定は、通算10回組まれたようですが、1986年の9回目の来日予定は、カラヤンの体調不良でカラヤン本人は来日できず急遽指揮棒を振ったのが、小澤征爾だったことはご承知の通りです。なお、1954年のカラヤン単独での来日を含めると、カラヤンの通算来日は10回ということになります。
尚、カラヤンの来日に関する資料は《開設、管理:Concolor》 《顧問、資料室長:Anton》各氏の以下サイトを参考にさせていただきました。
Herbert von Karajan dirigiert Anton Bruckner の<カラヤン/ベルリン・フィル来日公演> のページ
当該サイトのカラヤンをはじめとした膨大な資料、記録には驚かされました。深く敬意を称するとともに感謝いたします。
また、貴サイトへのコンタクトの手段が見当たらなかったために、勝手にアドレスを掲載させていただいたことをお許しください。
注2:わが国のコンサート事情、並びにコンサートを遠ざかるに至った背景については別投稿にてお話しする予定です。
