フュージョンという音楽ジャンルを知っていますか?

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かつて、ジャズをも上回るフュージョンという音楽があった

ポップス大好き

ボクは幼少のころから音楽を聴くことが大好きだった。特に洋楽系のポップスは小学生の頃から、ラジオで聞いていた記憶がある。当時は日本全体が米国の文化に圧倒されていたから、スタンダード系、ポップス系の音楽が次から次と日本に紹介されていた時代である。当時を思うと、エルビス・プレスリー、クリフ・リチャード、ブレンダ・リー、アンディー・ウィリアムスそしてビリー・ボーン楽団などの名前が自然と浮かんでくるが、あの頃は彼らの曲を聞いては米国に憧れ、米国のことを勝手に想像していたものである。

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フュージョンミュージックの登場

やがてボクの音楽嗜好はポップスからクラシック、そしてジャズへと拡がっていったが、音楽の世界でも1970年前後から一つの大きな変化があった。ジャズからイマ風に言えばスピンオフしたフュージョン(当初はクロスオーバーと呼ばれた)という音楽カテゴリーが出てきたのだ。「Fusion」とは融合という意味の英語で、ジャズ、ファンク、ロック、R&B、ラテンなどの複数のジャンルの音楽がミックスされたインストルメンタル主体の新しい音楽だった。そのため、音楽のジャンル分けが難しくて、この曲はフュージョン、このミュージシャンはフュージョン系アーチストと断定することが非常に難しかった。そもそも、音楽をジャンル分けすることが野暮なことだったのかも知れないが、CDショップなどでは便宜上ジャンル分けしていないと、探すのに困るとう不都合もあって致し方ないところもあったのだが。

しかしながら、そのフュージョンの影響力は絶大で、あのジャズ界の帝王と呼ばれたマイルス・デイビスでさえフュージョンに傾倒した時期があったほどだ。その他にも、チック・コリア、ウェイン・ショーター、パット・メセニーなど数えきれないほどの多くのジャズ畑のアーチストが、フュージョンに活動の場を移していったのである。

日本でも渡辺貞夫やT-SQUARE、カシオペアなどが活躍したが、ボクの一番のお気に入りは高中正義だった。
「READY TO FLY」「BLUE LAGOON」「ALONE」「渚・モデラート」など、独特なギターの音色は軽快で、いつもボクを励ましてくれていた。

聴き放題サービスが音楽の世界を拡げてくれた

ところで、Apple Musicを利用していると、当時ボクがよく聴いていたフュージョン・ミュージックは、実はほんの一部分だったことに気付き、自分自身が「井の中の蛙」だったことを思い知らされ情けなかった。あの頃、フュージョンという音楽ジャンルは、大海原のように限りなく果てしない音楽の世界だったことが、今更ながら分かったのだ。
ちなみに、当時ボクが聴いていたミュージシャンは、上記に挙げた他にランダムに挙げるとしたら、アール・クルー、グローヴァー・ワシントン. Jr、アル・ディ・メオラ、ジャコ・パストリアス、ボブ・ジェイムス、リチャード・エリオット、ジョナサン・バトラー etc.
勿論、ここに挙げた他にも、フュージョン系のミュージシャンを聴いていたが、それでも「井の中の蛙」に変わりはなかったのだ。無論、当時はサラリーマンの限られたお金で、レコードやCDを買いまくって聴くことなど到底不可能だったから、致し方ない部分もあるが、いまの時代はサブスクの聴き放題サービスがあって、興味あるアルバムは次々に聴ける(試聴ではなく)ので便利な世の中になったものだと思う。

やがて、時の流れとともにフュージョンの勢いは衰えて行く(僕だけの認識かも)。
単刀直入に言えば、「飽きられた」のでしょう。その昔、ある心理テストで表現は違うが、「人は何かを選ぶとき少ない選択肢よりも多い選択肢の方を嫌う傾向がある」と言った内容の調査結果があったような気がする。
つまり、候補が在り過ぎると面倒に思えてしまうのだろ。
そう言えば当時は、フュージョン・ミュージシャンが雨後の筍のように登場した時期があったから、聴く方も戸惑ったのかも知れない。フュージョン・ミュージックはまさにこの定説(?)が当てはまったのだ。

フュージョン・ミュージックのその後については、残念ながらボクは分からないのだが、Apple Musicを見る限りでは、フュージョン系と思われるグループのアルバムをいくつも散見するので、その後も彼らは活動を続けていたのだろう。

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フュージョンとジャズ

しかしながら、当時あれだけ夢中になったお気に入りのフュージョンナンバーをいま聴いてみると、懐かしさを感じる反面、今の時代では受け入れられないだろうと感じるのだ。当時とまったく同じレコード、CDで聴いても、胸の高鳴りがない。それは音楽というのは特に流行を伴うジャンルでは、時代背景が大きく関わるので、リスナーのサウンド嗜好も時代に左右されるからだと想像できる。

様々なジャンルの音楽をながいこと聴いていると、時代特有の流行りのサウンドとか、注目される楽器とかがあることがわかってくる。例えば、シンセサイザーはテクノポップが流行ったとき、パーカッションはトロピカル音楽のときと言った具合に。しかし、時間が経過するとそれらは逆効果、マイナスの印象に転じてしまうこともあり得るのだ。


その点ジャズの場合は、ボクの偏見かも知れないが、いつの時代でも、どんな国でも地域でも、通用するキャパと適応力があり、流行の要素が少ない(注1)音楽と言えるのだ。そう、マイルスやコルトレーンやビル・エヴァンスらの歴史的名盤は、多少の浮き沈みはあったにしても、時代に左右されず不動の地位を保っている。楽器に於いてもトランペット、サックス、ピアノと、こちらも流行に関係なくジャズに於いては必需品だ。それはジャズの歴史の深さからくるものなのかどうか分からないが、ジャズの潜在能力、魔力としかボクには説明できない。

ボクにとってのフュージョンの復活

とは言っても、フュージョンのなかにもジャズ同様に、時代を超越したアルバムがあることを最近発見した。
それはアル・ディ・メオラの「Consequence of Chaos」というアルバムだ。直訳すれば「混沌とした状態の結果」となるが、如何にも彼らしい抽象的なタイトルだ。このアルバムは時代を超越したコンテンポラリーな内容だと感じている。いまの時代でも気後れなく聴けるナンバーが揃っているからだ。

Consequence of Chaos  Al Di Meola
Consequence of Chaos Al Di Meola

全体的にどことなくラテンの雰囲気が漂っていて、彼の音楽の方向性がラテン系に傾き始めた過渡期のアルバムと言えるだろう。なかでも一曲目の「San Marco」はアル・ディ・メオラらしい洗練されたナンバーで聴き応え十分だ。
2006年のアルバムとあるから、この頃のボクは完全にフュージョン音楽から遠ざかっていたから、最近までこのアルバムの存在を知らなかったことになる。こうしたアルバム全般を通じて優れた作品は、最早フュージョンの枠を飛び越えて、洋楽全般の名盤と言っても過言ではないと思う。流石アル・ディ・メオラだ。彼のギターテクニックはボクが熱中していた、70年代後半から80年代にかけてのアルバムの時と遜色なく健在で、美しいギターの響きがいつまでも心地よい。この先、ボクの愛聴盤の一枚になりそうだ。

最後までお読みいただきありがとうございました。
from DaVinci-like

注1:9世紀から10世紀に発展したグレゴリアン・チャント(グレゴリオ聖歌)をルーツとするクラシック音楽は、バッハやヴィヴァルディの時代を経て、現在もなお多くの人たちに愛されている。それに較べるとジャズの歴史は圧倒的に短いが、現代における音楽としての価値観はクラシックと何ら遜色ないものになっていると思う。ボクの偏った考えかも知れないが、ブームとか流行といった人間特有の移ろい易さとは無縁の音楽が、クラシックでありジャズではないかと感じている。そして、フュージョンと呼ばれている音楽の一部の優れた作品が、やがてジャズの名盤として位置づけられることを期待したい。

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